ごきぶり日記316
女の強さは・・
年輩の女性が、つくづく「女が強くなったから・・」と述懐していた。
女、つまり自分たちが強くなったのではない。娘や嫁の強さに、母親や姑として
の実感と諦めを呟いている言葉らしい。
本当に女は変わった。母と娘の間の関係で思い知らされる話がある。
30歳を過ぎても結婚するでもなく、何となく生活をしている娘が多く、カード
ローンを山ほど作っても、毎月の返却額がせいぜい1万円程度(返済額、返済期間
はどんどん大きく、長くなっているのだが・・)だから実感がなく、全く問題と
思っていない。
母親が見かねて纏めて返済をすると、余計な事を!・・と怒り、「お母さんだって
株で損をしているじゃないの」と喰って掛かるらしい。
母娘二人だけの生活で、これから先、どうするのだろうかと思うのだが、もはや
こんな事はめずらしくないらしい。
裕福な家庭で、子ども三人おり、子育てを終わってからご主人を亡くされた女性が
いる。ご主人の存命中は自他ともに許す相愛の仲で、それだけに未亡人になった
女性は数年、落ち込んだままで居るという。
夫婦仲が良いという事は子どもの教育にも好結果が生まれ、さぞかしお母さん想い
の子どもたちだろうと思ったが全く違うという。
朝早く出掛けて夜中に帰り、母親との会話を鬱陶しがるらしい。子どもたちが母親
を馬鹿にしているらしいと聞く。
昭和一桁の女性は明治、大正の流れを汲み、この急激な変化に順応出来ない。
子どもたちはどんどん時代の波に乗って変化する。こうしたギャップが親子関係を
ますます遠ざけて行くのかも知れない。
私は人の集まる、混雑する所が嫌いで駅やデパートなどせわしなく人の行き交う
ところが苦手である。駅の構内などは列車の発着で人の流れが交差する所が多い。
そんな時、昔ならぶつかりそうになったら一歩譲って相手をやり過ごす気遣いが
あった。だが、今や若い女性などは前方だけを見つめて譲る気配などなく、突進
する。
格段に大きくなった体格で衝突されてはたまらないから、男性であるこっちが一歩
譲る事がある。たまには衝突して見ようかと思うときもある。
前にも述べたが欧米ではこんな時、“Excuse me”あるいは“Pardon me”と言って、
立ち止まって道を譲る紳士のマナーがある。日本の教育や躾の崩壊は恐ろしい国家
の崩壊を導くのではなかろうかと心配になる。
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