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DIARY

ごきぶり日記315

会話とは


今更ながらとは思いますが、人間社会の会話というものは実に奥深く、難しく、 そして社会の潤滑油として必要不可欠なものなもの、と思い知らされます。

「所詮、人間の考えることは皆同じ」と言いますね。確かに考えること、落ち着く 先は一緒になることが多いでしょう。それでいて人の話を受け取る時は、自分の考え 方(主観)とか生い立ち(経験則)というものが聞き手のバイアスとなり、変形 した事象として認識されるようです。

相手の話していることをよく聞いているつもりでも、その一つ一つを確認しながら 会話を進めることなどあり得ないから、鎧を着たり下駄を履いたりしている自分の 心(主観)を持ったままで理解して肯いてしまうと、話し手は自分の話がこの人 には全部理解されたものと思い、誤解をされたまま先に進むのでしょう。

時には日本語は議論やデベートに向いていないのではと思うときがあります。 日本語というよりも「以心伝心」とか「阿吽の呼吸」という言葉に表される日本的 文化、伝統の習性というべきかも知れませんね。
デベートは双方が反対の意見を持ち、相手の論理、論点に惑わされることなく、 どこまでも自分の意見の正当性を主張するわけですから、その論理において聴衆の 共感を得るものでなければならないでしょう。「話さなくても判ってくれ」は通用 しませんからね。

デベートというものは契約社会や訴訟社会の中の生きるための武装なのかと思って います。その点、日本人はこれまで契約社会の中で生きて来なかったわけですから、 どうしても武装が出来ていないようです。会話の中でその言葉の根拠を確かめると 「そう推察している」とか、「そうに違いない」などの言葉がよく出て来るもの です。確かめる事が悪いことで、確かめなくとも判るという日本的発想なのですね。

英語は元々26文字しかないのですから単純ですが、それだけに相手に理解させる にはいろいろな表現や観点で冗長度多く話すことになるようです。
日本人から見れば“くどい!”と感じるのもこのせいかも知れません。でもそれが 多国籍、多民族社会構成の原点であって、親類国家日本との大きな違いなのですね。

よく喋る人がいます。絶え間なく、機関銃のようにしゃべり続けるので、こっち から口を挟む余地がなく、途中で話の腰を折って割り込むのに一苦労させられる ことがあります。こういう人は殆ど相手の話を聞いていないのでしょうね。なんと も侘びしい会話です。

“話上手に、聞き上手”とはよく言ったもので、会話は人生にとって最大の“癒し” でしょうから大事にしたいものですね。
この点、女性は意味のない会話(失礼を!)の名手だと思います。
少しづつ会話術の訓練でもやれば世の中、少しは住みやすくなるかも知れませんよ。

 

 

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