ごきぶり日記309
2003年は明けたけれど・・
ついこの間、2000年問題で地球がひっくり返るような騒ぎをしていたかと思ったら、
もう2003年が明けた。時間は連続しており、新年になったから何か変わるわけでは
ないから、ただ時の移ろいが何と早いことかという実感に過ぎない。
それでも暮れになると旧年の埃やゴミを新年に持ち越すまいと必死になって大掃除
に励む。人間とは何といじましいものかと我ながら感じる。
今年こそは、と思う気持ちが生きるメリハリになるのだから、何も否定する気は
無いものの、毎年同じ決心をしている自分を振り返ると物の哀れを感じることが
ある。
誰に言わせても今年は夢が無い年だという。これほどまでに永い景気の低迷は、
かって経験したことが無いし、じっと我慢すれば良くなるという見通しも見えない。
銀行の不良債権は消せども消せども増える一方で、人員整理は未だ道半ばだという。
国際競争力はがた落ちで、これなら勝てるという伝家の宝刀が全くと言って良いほど
見当たらない。
国の借金は増える一方で、そんなじり貧の経済の中で、何とか自分の畑に水を流し
込もうと、臆面もなく露骨な分捕り合戦を演じる族議員が闊歩する。
“世も末”というのはこんなことを言うのだろうと実感するがどうしようもない。
かって政党政治が腐敗しきったとき、軍部が台頭した。大衆の政治不信と閉塞感が
救世主を求める。
今やそんな未成熟な社会ではないから、ファッショを許すようなことはあるまいと
思うが、未だ戦後58年、生爪を身に立てられた人も多いのだから、そんなことを
許す筈は無いと信じたい。だが、歴史は繰り返す。油断は出来ない。
お目出度い新年早々にこんな話を始めて恐縮だが、出口を見失う、夢を失うという
ことは人間に取ってどんなに恐ろしいことか。歳末の大売り出しで混雑する。
初売りは押すな押すなの人混みだが、それでも消費は低迷しているという。
バブル時代を基準に、その物差しで測れば足りないということではないか。
新聞が日本病と書き立てる。官民のシステムが時代の流れに追いつけず、事毎に
システムギャップを起こす、いわゆる制度疲労だという。
生きる意欲も目的も、競争心もなく、漫然と生きる若者が増える何とも頽廃的な
夢も希望もない社会になったものである。
それでも地球が消滅するわけではない。明日、日本が没落するとも思われない。
ある証券マンは、これが現実だと思い、これが暫く続くと思えば間違いないと
言う。どうやらそのようである。ある高名な医者先生に「人間は必ず滅びる。
それなら何故、毎日思い悩むのか、今生きていることに大きな喜びと意義がある」
と諭された記憶が残っている。そこまで達観出来ないものの、何とか生きている
間に目標に向かって全力投球してみたいものである。
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