ごきぶり日記294
日産、Zの復活
企業がある規模を越えて大きくなるときが一番問題なのだと言います。
組織が複雑化し、人も組織も老化現象を起こし、社内の権力闘争、軋轢が起こる
ことを言うのでしょう。
百年の歴史を誇る大企業でも、崩壊が起こるときは極めて簡単であっという間に
潰れてしまうことは、実証済みですね。
中国、韓国などアジアの諸国が大きく発展して日本を脅かす昨今では、敵は数え
られないほどに周囲に蠢いています。ところが社員は“そんなことあるわけない”
という意識が大半なのです。
こうした企業が置かれたこの百年の事業環境というものは、官需あるいは半官需
の随意契約がベースの商売(これが商いと言えるかどうか)が殆どで、一銭でも
安く、などという発想は必要の無い世界だったのでしょう。
まさか本当に来るなどと信じなかった地殻変動がやって来ました。
さて、気がついてみると闘う意識も体制も無いのだから、物を売れば競争力が
無い、売らなければ予算を達成出来ない、だから赤字でも売る。
つまり“品物にお金を乗せて売る”という救いのない商売に走るのです。
これでは、続くわけがないことは素人でもわかります。
本来は“爪を研ぎ”“闘争心を昂め”“敵を倒す”ことによってサバイバル戦争
を生き抜くということなのですが、やることは単なる首切りばかり。
バブルで経営者が足下を見失い、気がついてみたら病的な肥満体になっており、
慌てて自らの贅肉を切り落としているということでしょう。優秀な社員まで殆どを
贅肉にしてしまったのかもしれませんよ。
物作る力が無くなってしまった、作っても競争力が無い、高くて売れない、だから、
物作りはやめた、これからはソリューションだ。という会社が多くなっています。
ソリューションとはサービスでしょう。メーカーが物作りを放棄したら約款を変え
なければならないでしょうし、10万人前後の社員がすべてサービスに転化出来る
など信じられません。
やがてはこの荒波の中へ埋もれ、自然淘汰されてしまうのでしょうか。
こんな時、「幻の名車、Zに捧げた男 執念の軌跡」(テレビ朝日 8月4日
10時〜)を見て、メーカー技術者の健在を知り、嬉しくなりました。
崩れ行くメーカーには人生と命を掛ける夢と執念が無く、烏合の衆である単なる
サラリーマンの集合体になっているのですね。“だから自然淘汰が起こる”なら
やむを得ませんか。
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