ごきぶり日記286
イタリア人気質
前の稿では触れなかったが、イタリア人気質というのはまことに面白い。
先ず、必要以上のものは生産しようとしないという。ということは生活するに
必要な働き以外はやらないということになる。
差詰め日本人なら生産を効率化し、量産して如何に多くのものを売り込もうと
あくせくするに違いない。
売上高競争は物余りを生じ、価格競争がエスカレートして、挙げ句の果てに大量
の人員整理となる。それでも終わりの無い物作り競争に突っ込んで行く。
それが現代資本主義だと言われればそれまでだが、国民性によるところが大きい
のかも知れない。
日本でもバブル崩壊後の一時期に「足るを知れ」などという言葉で、ゴールの
無いマラソンと言われている物作り競争をやめて、必要なだけ働いて、残った
時間を人間的な方面に使うべきだという議論があったように覚えている。
勿論、そうした信念を持って行動して来られた人も多いだろう。
だが、イタリア人は生まれながらにして資本主義の過当競争には乗らないという
ことになる。ローマに着いた日に丁度、百万人規模という大ゼネラルストライキ
に遭遇した。これも賃上げ闘争ではない。
もっとも何だかんだと職種別には年中ストライキが絶えないらしい。何処へ行って
も休みである。その中でバチカン博物館だけは休まないという。
問い合わせに応じて、明らかに「休みません」と公言する。ところが当日出かけ
て見ると休みになっている。多くの観光客がコロリと騙されたわけである。
イタリア人はそんな性悪ではない。本当に開館するつもりだったのだろう。
ところが当日になるとどこもかしこも休んでいる。「それなら休もうか」という
ことになって締めてしまったということらしい。要するに絶対は存在しない。
これが厳密主義のドイツ人だったら大変なことになる。日本人にとっても同様で、
信じられない話なのだが、イタリア人にとっては不思議でも何でもない。
“as it is(あるがままに)”ということである。
イタリア人は一見ルーズなようだが、いざという時は実行力がある。日本人は
細かいことにうるさいが決断が出来ないと比較されているようである。
あくせくと働き続けて行き倒れになるか、大草原の野獣のように、満腹になったら
それ以上獲物を追いかけて殺戮しないか、どちらが生き残るのかは時代が実証する
のかも知れない。
友人たちとホテルのバーで飲んだら「伊太郎」と名札をつけたイタリア人の年輩の
バーテンに逢ったことは前に書いた。何と読むのか伊太郎に近いイタリア人名を
見て、観光客の誰かが教えたに違いない。「潮来の伊太郎」とはうまいことを
考えたものだと感心した。
イタリア人と言うのはそれほど親日的であり人が好いようだ。
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