ごきぶり日記271
友への手紙(激流を泳ぐ)
大企業の General Manegerの立場にあって、昨今の急変する事態に苦しんでいる
あなたの窮状を聞き心配しています。
バブルが弾けてグローバリゼーションが進めば、過去のシステムは大変革に見舞
われることは誰もが予測したことでしょうが人間、安穏な時代に永く浸ると、頭の
中では判っていながら、それが現実となって押し寄せるという実感が無く、その
対応が遅れてしまうものだということを、まざまざと見せつけられている世相
ですね。
要するに経営者が例外なくバブルに踊り、人間の限界を忘れ、莫大な負の遺産を
作り上げた結果なのですが、その額があまりにも大きすぎて身動きが取れないと
いう事態でしょう。
素人考えで言いたいことを言わせて貰えば、誰か一人ぐらいはこうなることを
予見し、暴走を抑え、今にしてみると見事な経営と思わせる人物が居ても良さそう
なものだと思うのですが、(居たら失礼)それは人の責任ではなく、銀行を始めと
する人間社会の仕組みとその恐ろしさにあるのでしょうね。
“進むも引くもままならぬ”とは何処かで聞いたセリフなのですが、それならば
一旦叩きつぶしてもう一度やり直すしかないでしょう。
そこで今、「捨てる経営」が市場から、もて囃されています。言うまでもなく、
不採算事業分野の切り捨て、あるいは売却など、思い切った事業の整理、統合に
よるスリム化を指し、こうした記事が日常茶飯事となっていることはご承知の通り
です。“捨てる経営”あるいは“破壊する経営”など本当に出来るとは思えない
のですが、旧来の企業社会の常識からすれば破壊ということになるのでしょう。
だが、事はそう簡単ではないようです。“親の遺言(創業者の理念)”“家風”
“利害関係者への配慮”などのしがらみが大きく、また“捨てるにも金が掛かる”
という呪縛や、足に纏わる藻が大きすぎるからですね。
あなたの部門もITの尖端にある組織と思われながら、親方日の丸の旧い体質、
あるいは寄らば大樹の甘い商売にぶら下がり、競争よりもファミリー第一のツケが
廻ってきたのだなと見ています。
こうした会社は苦しくなるといつも特需が飛び込んで来たものです。一種の
“神風”で、こんな救いが改革を遅らせて来たことは先送り行政と同じです。
だから今、何をやれば良くなるという問題ではなく、人の意識を原点として破壊
する、あるいは切り捨てて再生することしか無いのではありませんか。
改革が小手先に終われば待っているのは終局という時代ですからね。
それにしても、これまでの10年は今の1年にあたるそうだから、浦島太郎の
ように時代から取り残され、あっという間に寿命が尽きる時代になりました。
お互い注意しましょう。
では、健闘を期待しています。
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