ごきぶり日記269
年の瀬は地獄の淵か
あっという間に年の瀬が押し迫って来ました。
間もなく気がつくと新年になっていることでしょうね。平和に時が過ぎて行くのは
幸せと言うものでしょう。
だが、今年は何だか違うようですよ。ある与党の幹事長が昭和恐慌が再現するかも
知れないと言っています。“銀行の体力は既に限界にある”と言われており、
エンジントラブルに見舞われた飛行機が、余分なガソリンや重い荷物を海に投げ
捨てるように、お荷物企業を切り離そうとしています。
毎度書いているように、恐慌が来れば銀行はバタバタと倒産し、失業者は街に溢れ
略奪や強盗が公然と行われるということなのです。
アルゼンチンが経済危機を乗り切るため、日本円に換算して17兆円にのぼる公的
債務不履行を宣言しました。国の借金不払い宣言ですね。
街には商店を襲って略奪を働く一般市民が映し出されています。
恐慌の連想は先ず、治安が極端に悪くなるということでしょう。でも、よく見ると
セーター1枚を窓から引ったくって逃げる若い女性などもおり、これで不況下の
生活を何とかしようというものではなさそうですよ。
恐らく政府に対する煮えくり返る想いをぶつけている図でしょうね。
ところが、日本がこんな土壇場にあるなどとはどうしても思えない社会現象が、
数多く見受けられるのです。財布の紐が堅くなったとは言いながら、女性の購買
意欲は衰えていない、子どものお稽古事も絞り込んでいる様子もない。高級品が
どんどん売れる。
実はこの現象は景気、経済がまだら模様にあり、好不況が縞模様の縄のように
なっているのかと思っていました。それも間違いではないのでしょう。
でも、もう一つ「感じていない症候群」というものも混じっているのではないかと
疑い出しました。
つまり、景気の現状がどうなっているのか、今後どうなるのかということに関心が
無い、今まで良かったのだから、そんなに悪くなることはなかろう、考えるのも
面倒くさい、などということかも知れません。
もしそうなら、自分が地獄の淵に立っても恐怖が沸かないということになります。
地獄が何だか知らないのですからね。
企業がEMS化と称して従業員ぐるみ工場を売却しています。それが良いか悪いか
ではなく、移籍する従業員には今までと待遇も仕事も変わらないとして説得して
いるようですよ。果たしてそうでしょうか? 物作りというものは元来利益が薄い
ものです。益々熾烈になる価格競争の中で、この安い部分だけを請け負って商売と
して成り立たせるためには、今まで通りのやり方、意識、人件費では成り立つわけ
がないことは分かり切っているのですが、どうやらそれが感じない。
自分たちが落ちぶれることなどあるはずがない、自分たちの技術力は何ものにも
負けない、という“井の中の蛙”式の変なプライドに固まっているところがある
ことは確かです。在来の大手企業の悩みはこんな所にあるのだという気がして来ま
した。デフレスパイラル、減損会計など、「年度末の恐怖」がある程度判っていて
も金縛りにあったように動けないようでもあります。
それでも年は過ぎて行きます。「門松は冥土の旅の一里塚 目出度くもあり 目出
度くもなし」とならないように、“カッ”と目を開いて明日を見つめたいものです。
それでは月並みに“良いお年を・・”
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