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DIARY

ごきぶり日記255

歴史認識が方向を決める


島国で、同一民族で、お互い言わなくても通じる同士の日本という国は、今や 満身創痍、ボロボロになり掛かっているように見える。

第一に日本の歴史って何だろう。日本の神話がそのまま日本の歴史であると教え られ、 神武、綏靖、安寧、威徳、孝昭、孝安、孝霊、孝元、開化、崇神・・と 123代大正天皇までを暗記して建国紀元二千六百年を信じた時代もあった。

歴史は国民の拠り所である。ファッショの常套手段、アジテーションによる大衆の 洗脳と扇動が作ったまがい物であっても信じてしまう。
ナショナリズムというものは人類の背骨に潜む水疱瘡のウールスのようなものか も知れない。何十年か経って、人間の免疫力が衰えた頃に帯状疱疹となって苦し める。

頂点まで昂揚した“神国日本”はある日、無条件降伏という奈落の底に突き落と される。占領軍が180度方向転換させるシナリオを作り、引っ張って行く。 まさに考える暇もなく舞台が回ったわけである。
それから51年、此処に来て少なくとも日清戦争、満州事変あたりからの歴史を 改めてどう認識すれば良いのかという問題に突き当たっている。

ところがこれが、小泉首相参詣の是非論の分かれ道になっているのだから、それ ほど簡単ではない。日露戦争とその後のポーツマス条約、仮想敵国ソ連に備える 陸軍の南満州権益確保などからエスカレートする侵略戦争、満州事変から現在まで の15年戦争をどう総括して我が国の歴史とするかということになる。

太平洋戦争に突入しても資源の無い、情報戦で大きな技術格差のある我が国に勝ち 目が無いことは大方の人が判っていた。だからせめて南太平洋諸島を傘下に治めた 勝ちパターンのピークで停戦すべきだという声がこんな戦争中でも聞こえて来た。 だが軍部は止まらなかった。

こうしたストーリーは“周知の事実”なのだが、事実認識に大きな隔たりがあり、 歴史としての共通認識を持つにはほど遠い。この期間は歴史の空白、あるいは 歪んだ事実として残りかねない様相がある。
教育は民族の歴史に根付くものだと思うが、空白では根無し草になってしまう。
思想的根幹がぐらついていれば、社会は勝手にさまよい流れる。毎日のように 起こる信じられない事件はこうした拠りどころを失った人の叫びかも知れない。 そうならば、やはり原因は政治の貧困にある。

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