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DIARY

ごきぶり日記247

痛み論議


構造改革だ。やらなければ日本は駄目になる。やれば痛みを伴う。
“痛み”“痛み”“痛み”・・・このところ痛み論議で持ちきりだ。

手術をやる前から痛がっている。手術以外に助かる方法は無い!ということは 皆、分かっているらしい。どのくらい痛いのかはっきり示してくれない、すごく痛ん だらどうしてくれるんだ、ということを野党は政争の具にしている。
構造改革を本気でやれば先ず銀行から手をつける。銀行は自己防衛のため、もう 生ぬるい不良債権処理をやっていられなくなる。企業は即、リストラで失業者が 増大する。企業倒産にも加速度がつく。

確かに昭和初期の大恐慌では銀行の連鎖倒産、企業倒産で失業者は街に溢れ、 これが暴動に繋がった。同様な痛みは第二次世界大戦の敗戦直後でも経験して いる。昭和大恐慌から70年を過ぎ、敗戦からも55年以上経つと、痛みを 経験した人も少なくなった。その痛みがどの程度のものなのか、こればかりは 経験した人しか判らない。

職も無く、だから喰うものも無く、親子が寄り固まって苦しみ、一家心中する人 も多かった。戦前戦後、何とかこれを救ってきたのが食料管理法による配給制度。 恐らく経験者は想い出すのも嫌だと言われるだろう。
でも、消えようとする命が配給の行列によって手に入れる、農林何号という 不味い、僅かばかりの芋などで救われていた。
人生の殆どが順風満帆の時代であった団塊の世代に、この痛みを語っても全く ピンと来ない。

いつの時代にも痛みを受ける層には声が無い。今、しきりに痛み論を展開して いる政治家は、恐らく自分は痛みを受ける立場にないと思っているに違いない。 なんとも不合理である。この病を持ち込んだのは政治家であり、官僚であり、 業界だ。ところがその責任者は居ない。皆“俺ではない”とそっぽを向いている。

前述の痛みは日本人全体が等しく味わった。これから来る痛みは恐らくそうでは ないだろう。サバイバルの時代はある一部の人を直撃する。
現に倒産の憂き目に会い、失業された方たちに取っては地獄だが、一方では高価な 品物を買い漁る層も居る。不況がスパイラル状に奈落の底に落ち込めば、否応なく 万人が実感ある痛みを感じることになるのだが。

構造改革を断行すれば既得権を失う。甘い汁はうたかたの夢と消える。 それどころか現在の生活レベルも脅かされる。これが痛みだと思っているのでは ないだろうなと勘ぐる。
“人間、苦労しないと一人前になれない”とは昔の人の言葉だが、確かに死ぬ想い の痛みを経験しないと改革は出来ないのかも知れない。半世紀に一度くらい訪れる 地核変動は神の自然淘汰なのだろうか。

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