ごきぶり日記230
車が会話する
ジャフメイト[(株)JAFMATE社]4月号に「車の運転で性格が変わるのは何故か?」
という記事が載っている。
車に乗ると人が変わるということは通説になっている。攻撃的になるというのが
普通らしいが中には逆に、おとなしくなる人も居るという。
車が街に溢れている車社会の現代に、オズオズと遠慮してばかりしていたら返って
危ない、攻撃的な意志を示せば相手が引く、という考えもある意味では当たって
いる。特に繁華街での車の運転では気合いと攻撃精神が無いと車線の変更すら
ままならないことがある。
日頃、ニコニコと温厚な友人がいた。車はシーマに乗っていたと思う。性能は
申し分ない。高速に入るいきなり追い越し車線に入り、まさに追突するかと思う
ほど前方の車の後尾にピタッとつけ、右にウインカーを出す。
“どけ!”と言っているわけである。車の性能が良いから飛ばしたくなるのかな?
と思ったがどうもそうではない。こうした行為を何度でも繰り返す。まさに二重
人格を見る感じであった。
口が悪くなるという話も出ている。恐らくこれは男女を問わずすべてのドライバー
に当てはまるのではなかろうか。運転中の独り言を録音でもしてあとで聞いたら、
これがあの若い綺麗な女性か、あの紳士の言葉かと思うような聞くに耐えない悪口
雑言を吐いているに違いない。
周りもお構いなくトロトロ走る、突然気が変わったかのように車線を変えて前に
出る、ちょっと車間を空けようものなら構わず割り込んで来る。こんな時、怒鳴
っても相手に通じない特殊環境の中にあるのだから、聞くに耐えない悪口雑言くら
いは出てもおかしくない。
1トンあるいは1トン半、人間の体重のゆうに20倍を越える鉄の固まりが加速度
をつけて転がっているのだから車というものは恐ろしい。
命の危険が常に付きまとっている。こうした脅威に晒されながらそこには車同士の
会話が無いのが問題だという。だからちょっとした行為を悪意と受け取り、感情が
攻撃に転化して行くということはあり得ることである。
何故、車同士が会話出来ないのだろうか“人に優しい”何とかが業界の謳い文句
なら車同士が会話することぐらい何故考えないのだろうか。
車の発声はクラクションだけである。どう鳴らしてもあの音は感心しない。
せいぜい短く、低く鳴らすことによって意志を伝えようとする。
割り込みを入れて貰った時ならばそんな発声でも通じることもある。だが、
動物ですら鳴き方で意志を伝えようとするのである。
車が「譲ってくれてありがとう」「それは危険だよ」「危険な思いをさせて済みま
せん」など数通りの音色で意志を表すことが出来ない筈がない。業界がその気に
なれば簡単に出来ることだといつも思っている。
相手が謝罪の意志を持っているならばそれを知るだけで救われる。クラクションの
ように刺激的で大きな音である必要はない。優しい、たしなめるような、相手を
許すような短い音色が良い。クラクションだけしかコミュニケーション手段の無い
今の車では如何にも能が無い、業界の怠慢だといつも思っているのだが・・・。
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