ごきぶり日記224
彷徨える中間管理者
中間管理者が、さまよっている。
最近、企業の中堅どころ、つまり部課長が冴えないように感じ、いろいろな人に
意見を聞いてみた。ところが全くその通りだと言う答えが返って来るのである。
まさか、日本の一流企業全部がそうだとは思わないが、それぞれに思い当たる節が
あるのだろう。
言うまでもなく現在は信じられない速さで世の中が変化している。
この変化に即応するためにカンパニー制を取り、執行役員を置いて迅速な意志決定
が出来るように改革している筈である。
そうなれば権限は執行役員から事業部長、はたまた部長と、より下へ降りて行き、
部内部長はベンチャーの社長のように行動することが求められているのかと思った
が、上述の話が本当なら反対に中間管理者が萎縮しているということになって
しまう。
全般的にこうしたレベル、特に部内部長級が判断や意志決定をしない、リーダー
シップが取れないというのだから、本当だとすれば深刻である。。
バブル時代は、やれ行けそれ行けと事業が拡大する、仕事はやりきれないほど
入って来るで、深く考える必要もなく、またその余裕も無かったことだろう。
恐らく、そんな時はその仕事をどうやって捌くか、何処にやらせるかということ
が仕事で、外部に出す算段、つまり配給係に徹すれば済んでいたのかも知れない。
こんな単なる事務屋を永い間続けていると人間、積極的な行動と判断の機能が
萎えてしまうということは充分考えられる。
ところが、今やもっとも必要なことは事態を見極める冷徹な洞察力と判断力、
それと表裏一体の迅速な行動力が求められている。
目まぐるしい変化と激烈なサバイバルの中で何を優先して成すべきか、どのよう
な戦略、戦術で望むべきか、あるいは価格競争にどうやって勝つか、など考える
こと、判断して即時行動すべきことが山ほどある。
でもやらない!(らしい)。やらないのではなくどうしたら良いのか分からない
というのが本音なのではあるまいか。
“そんなことはない!”と反論して欲しいところだが、案外あっさりと、
“そうなんですよ。だからこれからはベンチャーの出番ですよ”という答えが
帰って来た。これが本当なら戦う意欲とは全く反対の、あきらめという方向に
ベクトルが働いているという事になる。
こんな話をしていると何だか日本の教育問題と根が同じなのではと思うように
なって来る。終身雇用制度、年功序列などの崩壊に伴って愛社精神が希薄になる
というように思想的根幹を失って生き方そのものを見失っているのかも知れない。
「太平に慣れて非常時を認識しないなら、地獄の縁に立たせて一歩誤れば死ぬと
いう恐怖を味合わせて見れば変わるかも知れない」と言ったら、「それは駄目だ。
何故なら彼は地獄を見たことが無いから恐怖が沸かないよ」という笑い話がある。
それでは、落ちてみてからでなければ分からないということになってしまう。
バブルの罪科はそこまで深い。
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