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DIARY

ごきぶり日記222

工場は変身出来るか


EMS(Electronics Manufacturing Service)については、本稿No,144 「EMSが流れ着いた」(1999.7.16)ですでに触れている。
EMSとは文字通り電子機器メーカーの製造外注先であり、何も目当てらしいこと では無いのだが、このアメリカの大手EMSが日本に上陸すると大々的に報じて いる。

企業はバブル時代の生産拡大の波に乗って土地を買い、工場を建て、多くの従業員 を抱えて肥大化の一途を辿ってきた。だが、昨今のなんとも過酷なサバイバルの 闘いの中にあっては、この贅肉を剥ぎ落として身軽になり、競争力をつけることが 待ったなしになっている。そこでメーカーは工場を人間ごと売り払うか、工場自ら がEMSに変身して外部から物作りを貰って生きて行くしか無くなって来る。

本来、事業は研究、開発設計、生産と一貫した中で品質を維持し、効率をあげて 行くのが日本のお家芸だった筈だが、永い間のバブルの安泰がこうした好ましい 企業の発展形態を狂わせてしまった。
元々日本の企業社会は「系列」という和製英語で代表されるように閉鎖的だから、 本体−子会社、あるいは工場−下請け会社とすべてがファミリーを形成しており、 この関係者が仲良く生きて行くことが中心となって、競争は二の次になっていた 傾向が見受けられた。

だから子会社や工場はその配下にある下請けが喰えるように金を出し、それを 含めて自分たちが生きるに必要な金を本体に要求する。
本来、事業責任を持つ当事者が本当に生きるか死ぬかの修羅場にいることを認識 しているなら、こんな計算から出てくる、あるいは商売を度外視した金を払うこと など考えられないのだが、まだまだ不沈戦艦と思っているのか、家族が分け合って 生きるのが自分たちの使命だと思ってでもいるかのように考え方を変えようと しない。

だが、そろそろ待ったなしになってきた。過剰な資産、設備、人員、あるいは高い ローディングをそのままにして、内部で仕事を振り回しても何の競争力も生まれ ないことは分かり切ったことで、経営者はそれを知っていながらそんな危機感と 意識が盛り上がらないことに苛立っている。

実際に、企業を取り巻く環境、現在自分たちが置かれた立場に対する認識が無い ことを見聞きして驚かされることが多い。
さりとて、この現有の生産子会社を今すぐに潰して、生産をEMSに委託すること など日本企業には出来ることではない。
でも工場を居抜きのままで売り払うことは出来るかも知れないし、苦しくなれば やるかも知れない。だが待てよ、である。

EMSというものは最も厳しい商売なのだ。最高の品質、最低の価格、然も短納期 が徹底的に求められる。現在、名実共に世界NO,1のEMSと言われるソレクトロン 社を20年ばかり前に何度も訪問したことは冒頭にも書いた。
既にその当時からIBM、ヒューレットパッカードなどの米大手がこの会社を活用 していたのだから、その実力は良く知られている。

ファッションモデルのような金髪美人の営業ウーマンに導かれて工場に入ると、 中国人マネージャーが品質管理について熱っぽく語る。
あちこちに日本式の品質の管理図や標語が貼ってある。作業はメキシコ、東南 アジアと思われる女子が殆どであった。恐らく英語が話せない労働者を集め、 カリフォルニア最低賃金(当時は一時間4ドル程度だったと思うが)で働かせて いるのだろうと囁かれていた。
世界NO,1となった現在は知らないが、労働集約型の事業だから何処まで行っても 厳しい商売には変わりはない。

仲間同士の取引しかやったことのない、今の日本の工場が簡単にEMSに変身出来 るわけがない。それでも国内の主力工場にそれを求める。
いよいよ改革の正念場に差し掛かったようだ。

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