ごきぶり日記220
笑いの質
年末年始になるといつもテレビが面白くなくなると嘆いていると家内から、嫌なら
見なければ良いとやっつけられる。毎年恒例のことである。
テレビの何が面白いのかと聞かれると困るのだが、ただ年末年始の何だかよく分か
らないどんちゃん騒ぎのような番組にはお付き合いしかねるのである。
正月は芸能人が一斉にハワイに行ってしまうので、暮れの内からタレント、野球
選手、相撲取り(どれも芸能人の一種だろうが)を集めて、他愛のない遊びを
録画する。お好みのタレントが滑っても転んでも面白い若者はこれで充分ご満悦
らしい。
何処のチャンネルを廻しても同じような場面が出てくると、またチャンネルを
ぐるぐる廻しても番組は一つという、旧ソ連を皮肉った画面を思い出す。
ある評論家が、人間は世の中が世知辛くなればなるほど、考えることをしないで
済む、意味のない笑いが必要だと言っていたが、笑いにも質があることを忘れない
で欲しいと言いたいものである。
その昔、何10回となくラスベガスに通った。何もポーカーやスロットマシンに
夢中になったわけではなく、ラスベガスは展示会の費用が格段に安いので、
何かというとラスベガスになってしまっただけなのだが、そんな時は必ずといって
良いほどディナーショーを選んで見に行った。
良い席が欲しいと案内人にちょっと握らせると、最前列のかぶりつきの席を取って
くれる。
並みの芸人には上ることの出来ない、厳しい選別を受ける登竜門だから当然の
ことながら、洗練された芸と話術は食事をしながら、一杯飲みながら見るには
申し訳ないほどに見事な芸である。
正月も三日になるとやっとNHK恒例の「初笑い東西寄せ」が顔を出す。ここで
始めて質の良い笑いにお目に掛かることになる。私は落語は関東だが、漫才は
関西だと勝手に決めている。
もう覚えてしまった話でも、それだからこそ安心して庶民の会話の面白さと話し手
の話術の“間”を楽しむことが出来る。
暮れにはしんみりと古典落語「芝浜」を聞くのが恒例であったような気がする。
デジタルテレビが出揃えば、好きな番組だけを選べるから、こんな悩みや愚痴は
言わないでも済むようになるのかも知れない。
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