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DIARY

ごきぶり日記216

「開戦の日」は触らぬ神か


話題になることも少なく、気が付くと十二月八日が過ぎてしまった。
新聞にも、今日は何の日という記事は見当たらない。つまりタブーなのである。 この日が太平洋戦争の開戦日であることを、人はみな忘れ去ったということでは あるまい。

「大本営発表。帝国陸海軍は本、八日未明、西太平洋において米英軍と 戦闘状態に入れり」

開戦が昭和十六年(1941年)十二月八日だから戦争に直接巻き込まれて行った 年代は当時、最年少が航空少年兵の十五歳と考えると今や七十五歳になられる。 直接に参戦しなくても当時、ようやく物心ついた年頃で既に六十五歳、確かに 風化は確実に進んでいる。

だが、人口の4人に1人が65歳以上と言われる時代に、この世紀の変動を忘れ 去ったわけがない。むしろ、あまりにも悲惨な激動の中に身を置いたがために、 思い出したくない、あるいは過去を忘れたいという想いで口を閉ざす方が多い と聞いている。

国家活動と国民生活を包み込み、巻き込んで行く国家総動員体制の中で、神の国、 八紘一宇、の洗脳を全身で受け、「朕オモフニ、国ヲ治ルコト広遠ニ・・・」と 教育勅語全文を暗証させられる。日本は神武天皇即位から2600年、つまり紀元 2600年であると叩き込まれ、“きげ〜んは、にせーん600ねん♪♪---”と謳い ながら、大提灯行列に参加した方も健在に違いない。

つまり青春時代即、悪夢の戦争突入の時代なのだから、忘れようにも忘れること は出来ない筈である。
何故なら、この期間と歴史を忘却することは、この世代の方々の人生、特に青春 を抹殺することに等しいからである。

この日を想いだしてどうするんだと言われそうである。昭和二十年(1945年) 八月十五日の終戦の日が出口とすれば、この日を起点としたそれ以前の歴史が この忌まわしい時代の入り口になる。入り口を考えなければ歴史は繰り返す。 だが、今の日本は「熱ものに懲りて鱠(なます)を吹く」たぐいで、嫌なことは みな忘れようと、この間の歴史を空白にしているように思われる。 語れば、ドイツのネオナチの懸念のように、軍国主義再発生の心配もあると いうことかも知れない。
経済至上主義が人の心を荒廃させ、ばらまき政策が天文学的な借金地獄を作り、 権力争奪と利権の奪い合いが組織を腐敗させる。政党政治の堕落はファッショ を生む。今の社会はまた新たな入り口に差し掛かっている。
苦しく嫌な時代を強いて思い起こすことが、将来を誤らない策ではなかろうか。

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