ゴキブリ日記96
東京ぶらり散歩(1)
不図眼を上げると、左手の岡の上に女が二人立っている。
女のすぐしたが池で、池の向こう側が高い崖の木立で、その後ろが派手な赤煉瓦のゴシック風の建築である。
そうして落ちかかった日が、凡ての向こうから横に光を通してくる。
女は此夕日に向かって立っていた。三四郎のしゃがんでいる低い陰から見ると、岡の上は大変明るい。女の一人はまぼしいと見えて、団扇を額の所に翳している。顔はよく分からない。
けれども着物の色、帯の色は鮮やかに分かった。白い足袋の色も眼についた。鼻緒の色はとにかく草履を履いている事も分かった。(夏目漱石「三四郎」より)
JR山手線、御徒町駅から真っ直ぐに西へのびる「春日通り」を1Kmばかり歩くと本郷三丁目の交差点に辿り着く。さらに本郷通りを北へ400m行くと東大の赤門にたどり着く。
赤門は加賀百万石、前田家の表門。屋根は切り妻作りで、唐破風作りのこれも赤い番所が左右対象に控えている。
構内を少し歩き、三四郎池に出る。池の畔にしゃがんで向こう側を見ると漱石が見た風景がそのままに残っている。
この池に水の流出口はなく、地下水の湧き水と浸透で水位を保っている。
「こんな侘びしい風景だったかな?」と眺め回すが、工事続きで今は地下水も途切れ、煤煙で木々は元気が無い。漱石の頃はこんこんと湧き出る水と綺麗な空気で手入れはされていなくても、鬱蒼とした木々の立ち並ぶ憩いの場だったのだろう。その池と小高い岡の合間に明治の美女が佇む姿を想像する。
そういえば赤門の真向かいに、浄土宗法真寺というお寺があり、この隣りに樋口一葉が住んでいたといっていた。この辺一体は文士の街、鴎外、漱石を始め明治の文豪の話が分厚い本になり、文京区役所にあるとのことである。
眼と鼻の先、といっても春日通りをやや戻った所が湯島天神である。
学問の神様、菅原道真が祭ってある。平成七年に再建立した本殿が真新しい。
都会のど真ん中に木造の神殿を作るのはなかなか許可されず、木材もヘリコプターで運んだと話している。
今は合格祈願のお礼参りに訪れる人たちで賑わっている。
“湯島通れば思い出す、お蔦、主税の心意気”と歌われた、あの“湯島の白梅”は花柳章太郎、水谷八重子に代表される昭和初期の新派の出し物以後のことである。そういえば片隅に小さな新派発祥の記念堂がある。
泉鏡花の婦系図を忍ばせるものは既に無いが「筆塚」がぽつんと立っている。
「奇縁氷人塚」こんな石を頼って迷子を探したり、知らせたりした下町の庶民の生活が一杯に籠もっている。
春日通りには文化と文学が詰まっている、と思いながらさらに歩き続ける。
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