ごきぶり日記197
上司を選ぶ(その2)
今でも「報連相」が重要であると教える。勿論、組織が機能するために報告、
連絡、相談、が如何に重要であるかは誰しも知っている。
だが、何を報告し、どの程度連絡して、どんな場合に相談を持ちかけるべきか
を良く知っている人は少ない。
その昔は、報告というものは保険のようなものだと教えられた。
今、一日に10件ほどの問題が起こったとする。先ずこれを真っ黒、灰色、白に
色分けする。
「真っ黒」は自分の権限、職分では全く判断出来ない、あるいはしてはなら
ない部類の大きな問題であり、報告が必須なもの。「灰色」は自分で判断し
実行すべきか否か迷うもの。「白」は完全に職分の範疇の問題であり、むしろ
報告せずに実行すべきものである。ところがこの判別はそれ程簡単ではない。
保険を掛けるというのは、真っ黒は勿論のこと、この灰色の部分までを全部報告
しておくということにある。
およそ上司というものは、例えそれが部下の立ち話であったとしても、一度聞いた
ものを「そんな話は聞いていなかった」ということは絶対に許されない。
そこで部下は、「こんな話がありましたよ」とか「こんな問題が起こって
いますよ」とすれ違いざまでも、立ち話でも一言、話してあれば報告したことに
なる。
たとえ、それが後々大きな問題に発展しても、報告してある以上は上司の責任で
あり、自分が攻められても「いや、その問題は既に報告してありますよ」と涼しい
顔して良いのである。上司、管理者というものは、それほど一事から万事を考える
能力を要求されている。だから上司に保険を掛けたことになるのである。
ある時、新しい上司が来たので、その能力試しを兼ねて、一つ保険を掛けてやろう
と、大きな問題になりそうな火種をさりげなく話したことがあった。
ところがその上司はじろりと顔を見ただけで反応しない。ろくに聞いていないよう
に感じた。
案の定、その問題は大事件の様相を示して来た。そこで上司の能力や如何とばかり
に、あちこちに問い合わせたところ、何と驚いたことに関係部門の隅々まで、
根回しがしてあり、既に万全な手を打ってあったのである。
当時、簡単に引っかかるような、とんまな役職は居なかったということになる。
報告というものが、とかく面倒で役に立たない事と考えがちなのは、その上司の
能力に大いに関係する。報告しても相談しても、しっかり受け止めない人、問題が
起これば部下のせいにしようと考える人には、報告する気にならないのは当たり前
で、その上司を疎んじていることに他ならない。“もって銘すべし”である。
上司は何も課長、部長ばかりではない。どんな人にも自分が使っている人がいる。
その言動が下にどんな影響を与えるかを知らなければならないだろう。
ある時期、T課長(故人)の部下であったことがある。
問題を報告に行ったところ、いきなり立ち上がり付いてこいという。「これから
部長に報告する。私がこの問題をどのように報告するか、どう処置するかを側に
いて良く見ているように。絶対に口を出してはいけないよ」と強く念を押された。
ところがT課長の報告中に、やはりそばから口を突っ込んでしまい、散々叱られた
のを覚えている。
背中で教えて、心で人を育てる気風の充満していた、良き時代の話である。
最近は、叱る人が少なくなった。優しさの時代なのかも知れない。だが、叱らず
して教えは無い。鬼のように怒っても、その心は芯から相手の人生を心配して話す
のでなければ、自分の都合や保身だけの話になってしまう。
叱ったあとに自分の財布を空にしてでも飲みに連れて行く心が無ければ、人の心に
溶け込むことはあり得ないと思うから。
上司を選ぶのは、妻を選ぶのに似ている。どちらも間違えると「一生の不作」に
なるからである。
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