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DIARY

ごきぶり日記189

ぼかし言葉


子どもたちの言葉使いが問題になっている。

ぼかし言葉とか、インターネット言葉とか云うそうである。
  「・・・とか」、「・・・の方」、「・・・みたいな」、「・・・的には」
という、あれである。

そう言えばネットの掲示板、それも若者の交信らしい集まりを読んでいると、 ピーピーとか、ギギーという擬音が多く、短文で何を話しているのか理解が しづらいのだが確かに、このぼかし言葉が多い。

若者たちが、自分たちの言葉を創造して独自の世界を作り、その殻の中で交信 するのは何も今に始まったわけではないが、耳障りなことは確かである。
評論家に云わせれば「ぼかし言葉」というものは、自分の発言に対する自信の 無さの表現であり、「ノー」と言って自分に責任が降りかかるのを避ける弱さ、 つまり、人を傷つけたくない、自分も傷つきたくないという心の脆さだと 分析する。

メデアが一斉に、この問題を取り上げる。若手コメンテーターが「・・・とか」 「・・・みたいな」を連発しながらこの問題を語る。子どもの言葉が大人に影響を 与えているのか、大人の文化の歪みが子どもの言葉を作るのか、いずれにしても ある世代では境目が無いように浸透しつつある。
「荷物の方、持ちましょう」と聞けば、荷物以外に何か持っていて、そのうち 荷物のほうを持つのかと思うから(そう思う方がおかしいのかも知れないが) 文部省から云わせれば日本語の乱れかも知れないが。

こうした言葉が会話の上での相手に対する思いやりだったり、話の“間”を取る リズムなら何も目くじらを立てることはない。
そう言えば、英会話でも“you know”を話の繋ぎに頻繁に使うし、相手の同意 を求めように“・・isn't it?”などを使うのだから、あまり厳密に考え込む 必要は無いと思っている。話の切れ目につける“・・・うん。”という接尾語? も、自信の無い自分を納得させているとも取れるが、案外、言葉のリズムに 使っているだけかも知れない。

ぼかし言葉と云えば、何処かで同じような言い回しを聞いたような気がしてきた。
政治家と官僚である。政治家が、ぼかし言葉をそのまま使えば、責任逃れが丸見え になるが、「全力を挙げて取り組みたい」「前向きに取り組む」「善処したい」 「二度と、このようなことの無いように対処します」など、何を、いつまでに、 どうするか、という具体的な説明は一切抜いて、責任が降りかかる余地が無いよう に発言するのだから、これこそ最も始末の悪い、ぼかし言葉である。
子どもは社会の鏡だから、こんな言い回しばかり聞かされれば、子どもも責任を 取らないように発言するようになるだろう。

この子どもたちがやがて社会人になったとき、曖昧なぼかし言葉を使うとは限ら ない。しっかりと社会を見つめ、自分の考えを持ち、自信に溢れて来れば、自然に 改まる言葉だと信じたい。
だが、欧米から見て日本は、いつまで経ってもやること為すこと理解出来ない 不思議な国なのだから、せめてビジネスの世界だけは、例え国内企業間でも 契約に基づき、Yes、Noの明確に表現出来るお付き合いをしないと、国際社会 の仲間入りはほど遠い。

事前契約も、守秘義務契約も無い、阿吽の呼吸の系列、協力取引が変わらない 世界では、ぼかし言葉が益々幅を利かせることだろう。

 

 

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