ごきぶり日記187
有楽町で終わりましょう
“あなたと逢えば雨が降る 濡れて来ぬかと気にかかる〜♪♪”
一世を風靡したフランク永井の“有楽町で逢いましょう”の歌詞とデパート
「そごう」は、その世代としては切り離せない銀座の象徴であった。
休館日を知らせるために、「有楽町で閉めましょう」という音楽だか、広告
だかを出した頃があったような気がする。それ程までに「そごう」は有楽町
そのものであった。
天保元年(1830年)、今の大阪市中央区渡辺町に「大和屋」として開業した。
ここから「そごう」の歴史が始まっている。実に170年の老舗である。
その「そごう」が1兆7000億円のグループ有利子負債と5800億円にものぼる債務
超過を抱えて再建に向けて苦しんでいる。
たしか、売上高は1500億円程度だから、この有利子負債は大きな負担である。
国内25店、海外14店の整理統合も進んでいない。この原因には絶対君主と
して君臨してきた水島オーナーの問題、関東派と関西派幹部の確執、地元の
反対などが複雑に絡んでいると業界紙が報じている。
株主資本利益率(ROE:当期利益/期末株主資本)は−94%になっており、
株価は一時、額面を割る事態に至っている。
立派な経営陣が何故、こんな惨憺たる状態になるまで手が打てなかったのかと
いうことは、大型バブル倒産の共通した問題だったが、それ程までにバブルの
狂乱は凄まじかったということをまたも思い知らされる。
確たる事業見通しに対する審査も行わず、担保の裏付けもないままに際限なく
貸し付けた都市銀行、それを受けて、それ行けやれ行けと事業拡大に走った
オーナー経営者。最後まで企業を私物化する独裁と世襲に拘り、のっぴき
ならない事態に追い込んでしまった。
この処理が出来なければ私財は一切没収され、払い切れなければ犯罪者になる
覚悟はあるのだろうか。
前にも書いた覚えがあるが、日本企業の幹部がある契約について、納期遅れを
安易に考え、アメリカの顧客に謝罪の手紙を書いた。顧客であるアメリカ企業の
経営者から届いた手紙には、「契約を安易に考えれば、最終顧客は私を見捨てる
だろう。その時は私は無一文の乞食に転落する。もし、そうなったらお前を
ピストルで撃ち殺すだけでは飽き足らない。両手、両足に錘を付け、ミシシッピー
に横たえて、潮が満ちるに従って藻掻き、苦しみながら死ぬように殺してやる」
という意味の内容であった。
本当に実行する気があったわけではないだろうが、オーナーに取って「経営とは
命を掛けた勝負である」というアメリカビジネスの厳しさを見せられた想いで
あった。そごうのオーナー経営者に「責任を取って辞任」などあるのだろうか。
旧い経営体質の甘さにはいつも、やりきれない想いがつき纏う。
ネット上の「掲示板」には「そごう」について数多くの書き込みがあるが、
「源泉徴収を見せて貰ったが悲惨なものだ。35歳係長、子供二人で年収440万円、
過去5年昇給無し」とか、これに答えて「都市圏勤務の社員は生活困窮です。
私は38歳係長で年収450万円。昇給は全くなし。サービス残業で殆ど休み無し」
などと悲鳴に似た書き殴りがある。
掲示板は株価操作にも使われ、完全な匿名で身元が不詳だから、俄に信じがたい
のだが、まんざら根も葉もない話ではなさそうだ。
共同正犯の銀行はこの「そごう」を見放して1兆7000億円を特別損失として
処理するか、5800億円の債権放棄を承知して再建に力を貸すかの狭間で身動き
が出来ない。
専制統治の付けはあまりにも大き過ぎた。そして、またしても犠牲者を生んだ。
阿部副社長の冥福を祈りたい。
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