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DIARY

ごきぶり日記182

俄タクシードライバー


ある日の昼下がり、ある施設から片側2車線の国道に出るために信号を待って いた。中央分離帯を越えて右折のつもりである。前にはタクシーが一台先行して いるが、ウインカー出していないものの、どうやらこれも右折らしい。
当然、主道路の信号は長く仲々変わらない。やっと信号が青になり、タクシー が動き出した。

ところがこのタクシー、中央分離帯のあたりまで来ると急に停まってしまった。 脇道の信号間隔は短い。前に何か妨害物でもあるのかな?とそれでもクラクション を鳴らしもせず暫く待っていた。車間は2メートル以上ある。
信号が変わってしまうのに、何をしているかとやきもきしていると、驚いたことに タクシーが急にバックして来るではないか。

これには驚いた。咄嗟に思い切りクラクションを鳴らすのだが、間に合わない。
文字通り、“どすん”である。夫婦(らしい)二人連れの男女が降りて来て、 もと来た道へ戻りながらタクシーを指さしている。“あれと話し合え”という 意味らしい。

主道路の信号は既に青に変わり、双方向の車からブーイングのクラクションが 沸き起こる。仕方がない、もとの道へバックして車に挟まれたタクシーを待つ。
運転手は挨拶もせず、しきりに携帯で電話を続けている。先ず110番、次に 事務所の事故係へという、タクシー会社の教育通りに実行しているらしい。 どうやら“新米さん”だな、と誰が見ても一目で分かるような狼狽えようである。

最近はリストラばやりで、手っ取り早くタクシードライバー選ぶ人が多いという。 「誰彼なくタクシーの運転手になろうとするから、この世界も大変なんですよ」 とあるベテランさんが話していたのを想い出した。
ようやく電話が終わったらしく、車から出て来た運転手は謝るでもなく、放心 したように突っ立っている。

開口一番、「あなた、タクシーの運転はいつから始めたの?」とぶつけると 「2週間です」と答えが帰ってきた。あとで責任者が話したところでは、二週間 どころか二日目とのことであった。
事故の原因はおおよそ察した通りであった。客は行く先を告げて乗り込んだが、 車が勝手知った道と反対の方向に行こうとする。
そこで、恐らく客はいきなり、「左折だ!」とでも怒ったのだろう。その声で 慌ててバックしたことになる。

「何で10メートル先まで行ってUターンしなかったの」と聞くと、「料金が 上がりますから」。
運転手が道を間違え、迷路に入り、料金が2倍に跳ね上がっても平気で請求する タクシーもあるのだから、確かに良心的ではある。
警察が飛んで来る。だが、派手な音がした割合には不思議なことに追突の傷が 付いていない。タクシーの後部バンパーが心なしか凹んでいるようにも見える。 どうやらクラクションを鳴らしながらほんの少しバックしたせいかなと思ったが そればかりではないらしい。

よく見ると前部のナンバープレートがパカパカしている。これがクッションの 役割をしたらしい。派手な音がしたのもこのためと思われる。
警察が形通りの調書を取り「あとはお話合いを」と帰ったあと、タクシー会社の 責任者が来て謝っている。それまで運転手から謝罪の言葉は何も聞かれなかった のだが、この人に「お詫びしなさい!」と怒られて始めて頭を下げた。

話しているうちに責任者はご近所の人と分かる。「お宅のタクシーチケット会員で、 責任者がご近所では難癖つけるわけにもいかないね」と笑い話になってしまった。 もっとも傷が見あたらないのだから文句の言いようもないのだが。
翌日、その責任者が菓子折をもって挨拶に来たそうで「何しろ、運転手を始めてから 二日目なもんで」と恐縮していたという。

タクシードライバーは「プロの運転手」という認識も変えなければならない世の中 になってきたらしい。

 

 

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