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DIARY

ごきぶり日記181

接待の心


紀元前8世紀頃の古代ギリシャ文学の二大叙事詩の一つ“イーリアス”の中に、 日頃互いにいがみあっている二人の戦士が、互いの祖先が「もてなし」によって 結ばれた仲だと分かると、それから仲良くなったという話がある。

国家などという概念が出来たのはそんなに旧い話ではなく、それまでは種族、 部族の間で「もてなし」や、その際の贈り物が子々孫々に亘って受け継がれて 人間関係が繋がって行ったという。

「食物は、もてなしにとって特別な特別な意義を持っている。というのも同一 物質を体内に摂取するという“共有共食”の行為を通して初めて主人と客人の 間に絶ちがたい連帯のきずなが生まれると考えられるからである」
(「世界大百科事典−日立デジタル平凡社」より)とある。また、

「自律救済を基本としていた中世社会、特に室町時代の社会はこうした(預所、 地頭などの支配者に対する)もてなし、酒肴料、一献料などの授受は全く当然の こととして行われた。もとよりその過度の要求には強い反撥があったが、法的、 社会的制裁、批判を受けることもなかったといってよい」(同出引用)

何だか、ついこの前まで新聞記事を賑わしていた接待漬けを読んでいる気がする。 「接待」というものが人類始まって以来の人間関係の絆作りとして、どんなに 重要で大事な役割をになってきたかということは否定出来ないし、特に日本の 土壌と民族に染みつき、伝承されてきたことは確かである。

問題は利権の誘導のために、贈賄と同質の金額と頻度までエスカレートした ことにある。接待を何でもかんでも“悪”と決めつければギリシャ神話から 続く人間の絆作りがすべて悪だったと歴史を変えなければならなくなる。
欧米も例外ではないのだが、いち早く厳しい倫理を確立することによって、 この人類始まって以来の悪習を断ち切ってきたといわれている。

だが、昼食に誘えば快く応じてくれる。しゃれたレストランで先ず、シェリー酒 などの食前酒から始まり、メインデッシュ、デザート、それから食後酒と延々 3時間は続くが、その間は仕事と関係ない雑談に花が咲く。
こうなると次に訪問したときは「やぁ、また来たね」とまさに友人を迎える ように温かく対応してくれる。これでも一人当たり30$の枠の中に入っていた。

これが接待のありようだと感じたことを想い出す。日本人は極端から極端に 走るというが、競争が激しくなるとルールをはみ出してしまうのも分かる気が する。“節度がなくなるということは、社会的な文化の遅れ”と言われては 立つ瀬がない。

本来の目的である人間関係作りと、その潤滑油としての接待がきちっとした ルールと約束の上で動き出すと社会生活がバランスし、景気が持ち直すかも 知れない。それにしても銀座の広い路上をタクシーが埋め尽くし、社用族が 大声をあげながら、遠路はるばる帰宅する風景は二度と復活しないだろうし、 もう一度見たい光景ではない。

落ち着いた静かな店で、旨いもので旨い酒をゆっくり飲みながら歓談し、早い 時間に帰宅する習性と、こんな形の接待は日本人には馴染まないのだろうか。
この円高時代、30ドルでは焼鳥屋でも足が出る。だが、「日本のルールは 六千円」とでも決めれば結構歓談出来るのに。

 

 

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