ごきぶり日記176
亡者の徘徊
資本主義社会の究極は利潤の追求にあるのだから、儲けないことには意味が無い。
だから利益追求の競争が果てしなく続く。
バブルで欲の皮が突っ張った、その果てに天文学的な額の不良債権や、不良資産
を背負い込み、息も絶え絶えになりながら国民の税金だろうが、個人資産だろう
が、どんな手を使ってでもこの窮地を脱出して、夢よもう一度とばかり同じ道を
歩く。
一見、順調に行っていても、いつ叩き潰されるか分からない不安が付きまとい、
合従連衡とやらで次々と合併、提携で規模の拡大に走る。
何処まで大きくなれば安心なのかと思うが、こうなれば際限が無い。資本主義は
ゴールの無いマラソンと言われるように倒れたところが、その企業のゴールと
なるのかも知れない。
アメリカの好況が留まるところを知らず持続している。景気は循環するから
何処かでガクッと落ちることは百も承知しているらしいが、市場はグリーン
スパンの手腕を信じ、その都度発表される景気の指標を見て、また安心して
伸び続ける。
国民総株屋になってしまったように投資にのめり込む。元々アメリカ人はあまり
貯金好きではないから、儲けた金をどんどん使う。だから消費が景気を先導する。
ホテル代などは不況時代の3倍以上に膨れ上がった。
やがて遠からず日本も同じ道を歩くのだろう。低金利政策が当分続くとすれば、
タンス預金と大差ない銀行、郵貯に置いておくよりも株や投資信託に金が流れる
のは至極自然であり、個人が儲けて大いに使うことに異論は無い。
だが、株も証券もギャンブルだから誰しも一攫千金を目論む。投資先の会社の
経営状態や将来性をよく読んで買えば良いのなら、自己責任として当然なのだが、
会社が赤字で実体が無くてもIT、バイオに関連ありと見るや買い漁り、次の日
には、やっぱりやめたとばかり放り投げる。
こうなると本来の会社業績や将来性よりも、市場を操る機関投資家の作戦と心理を
見極めた方が早いのかも知れない。この流に乗って個人投資家が動くのだから。
また、分かりづらくなる。
大手証券会社が好調な業績を上げている。売買手数料は“買い”と“売り”で
約3%ぐらい稼ぐし、一億総投資家となって買い漁るから儲かって当たり前と
いうことだろう。
証券会社の窓口を覗くと、大勢のおばさんたちが集まって、侃々諤々と銘柄の
議論に花を咲かせている。
定年退職したらしい紳士も熱心に株価表示板に食い入るように見入っている。
これが時代といえばそれまでだが、何だか金の亡者が徘徊しているようで何となく
嫌な気分になる。アメリカでは投資クラブを作って個人の家に集まり、研究や
共同投資をやっている例は見掛けたが、殆どがネット取引だから目立たないせいも
あるのかも知れないが。
どっちも金の亡者には違いないが、こうした風景は何となく品が無いと感じる
のは、ひが目だろうか。
そろそろ経営者の一部には、果てしない競争に疲れたという雰囲気があると聞く。
足るを知り、自然に帰り人間らしく生きたいという想いが出てもおかしくはない。
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