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DIARY

ごきぶり日記169

新年は希望と不安と迷いのRhapsody


“頌春!”
「しょうしゅん」と読む。頌とは中国の詩の六義の一つで、周王室や宋・魯の 諸侯が宗廟で祖先を称えた神楽歌だという。
訓読みでは“ほめる”“たたえる”となる。何はともあれ、素直に 「新年おめでとうございます」と申し上げたい。

年が改まれば今年こそは!と生き方を見つめ直して想いを新たにしたいと思う から、一つのけじめであることは間違いない。
だが、平和の中にも混沌とした社会がクローズアップされ、何とも大きな不安 と迷いのアンバランスが渦巻いている。

“個とエゴのはき違え”
戦後、集団主義から個人主義への転換時にもっとも懸念されたのが、この欧米流 個人主義とエゴとのはき違えであった。個を大事にすることは、他人に要らぬ 干渉や制約を掛けず、自分同様に他人も個として大事にすることで、自分だけが 良ければいいというエゴとは、本質的に反対のことだと叩き込まれたが、これが 懸念された通り、エゴに走って行ったということかも知れない。

エゴとは私欲である。政治家や官僚が既得権にしがみつき、企業が自社の利益に 目の色を変える。人はモラルを失い、その世相が子供たちに重大な影響を与える。 金融機関が自分たちの撒いたバブルの付けを公的資金で帳消しにしようとする。 やらなければ経済が失速する、社会不安が起こるという脅し文句で、堂々と税金を 使いまくる。多くの人が、これを“公”の名を借りた私欲だと言っている。
だが、中坊公平さんは「人間の本性は善である」という性善説に立って社会問題 に挑んでおられる。“何とか人間に立ち戻って呉れ”という切ない願いが言葉の 端はしに滲み出ている。

“常識とは何か?”
「そんな事は常識だよ」と片づけるが、常識はいつも時代と共に変化する。 案外、「そんな事は良識だよ」という意味で、自分の尊大さに気づかずに使って いるのかも知れない。
“ウタダヒカル?それは常識だよ”と言われても自分の世界に無関係な話を 常識に組み入れるには抵抗がある。

日本には、従来と異なる事を異端として決めつける文化が存在する。
官は前例のないことに拒絶反応を示し、企業は自社の文化に合わないものを閉め 出そうとする。
個人主義を逸脱してエゴに走ることに対し、欧米にはキリスト教という歯止めが あるが、日本にはこうしたバランサーが無いのも原因の一つかも知れない。
未だに朝礼で何箇条かの社是を読み、社歌を歌わせる大企業があるという。 これもエゴの高揚かと疑うのはひが目か。

“団塊の世代は迷う”
これまでの生き方を否定するようなアングロサクソン流の改革の嵐が吹き荒れ、 年功序列は崩壊に向かい、能力至上主義が台頭し、結果としてリストラが加速し ている。今さら“あんた、何が出来るんだい?”と言われても答えようが無い。 せいぜい、管理職が出来ますとしか言いようがないだろう。
闘いは益々熾烈になる。だが、どうやって生き残るべきかと考えても、これまで の環境と生き方が身について、壁をぶち破る方法が思い当たらない。
もっとも考えついたとしても、これを寛容する企業の土壌が出来ていないのかも 知れない。
まさに“彷徨える子羊”のように、企業の行方と自分の地位がどうなるのか 見守っている。・・と、此処まで書かれたら何か反論するかも知れないと期待して いるのだが。

“楽しく生きるとは”
老齢化社会だとか少子化時代だと、卒業した企業戦士を駆り出す動きが起こって きた。ゴールの無いマラソンと言われる資本主義の闘いは、ついに第二の人生を 趣味や地域社会に貢献するという生き方も否定するのだろうか。
やはり己の心に聞き、最も満足した生き方は何かと問いただすことから始めよう と思う。闘うも良し、俗界は無視してゆったりと生きるも良し、やるべきことを やらなければ悔いを残すという、月並みな新年の想いに立ち戻る。

 

 

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