ごきぶり日記168
師走
月の異名として1月から、睦月(むつき)、如月(きさらぎ)、弥生(やよい)、
卯月(うづき)、皐月(さつき)、水無月(みなづき)、文月(ふみづき)、葉月
(はづき)、長月(ながつき)、神無月(かんなづき)、霜月(しもつき)と11月
まで来て、12月が師走(しわす)となる。何故か3月と12月だけに“月”が
ついていない。
師走は太陰暦(日本の旧暦)の12月を指すのだから、現在の陽暦で1月か、
あるいは 2月ということになる。だから、陽暦の12月を師走と呼ぶのは当たら
ないのかも知れない。師走の意味は先生が走り廻るほど忙しいと言う落語の
落ちのような解釈が一番ふさわしい。
まさに何となく気ぜわしい月である。一年の締めくくりとして、その歳にし残し
たことは年内に片づけるという永年の風習が身に染みついて動き回ることになる。
それにしても仕事が多い。家の中と外の煤払い、電灯の笠、ガラス磨き、網戸の
掃除、便所掃除と追いかけ回されるように仕事が待っている。こんな仕事は一年
に一回しかやらない馴れない作業だから、疲れることこの上ない。
今年の垢は何が何でも来年まで残せないという、執念のような家内の命令に
毎年の暮れが憂鬱になる。
天井の蛍光灯の傘が大きなガラスで出来ていてこの上なく重い。下手をすると
バランスを崩して傘と共に落下するかも知れない。やりながらも何でこんな
苦労をしなければならないのか、今年と来年の間に境があるわけでは無く、
いつもの通り日が暮れて夜が明けるだけなのに、とぼやく。
この想いが昂じると正月まで何でお目出度いんだという八つ当たりになる。
一休禅師の「正月は 冥土の旅の一里塚 目出度くもあり 目出度くもなし」と
いう心境である。
2000年問題が大きな混乱もなく通り過ぎれば、(恐らくそうなるだろうが)
そこには、大して代わり映えのしない景気が待っている。
「トンネルを抜けたら、そこはやはり不況だった」ということになりそうだ。
日経新聞の言葉によれば景気は「一進一停」だという。進んでは停まりまた
進んでは停まる、まるで景気が牛歩戦術をやっているような焦らし方である。
今年の付けは来年に回った、というよりも来年以降に回ったというべきかも
知れない。トンネルの向こうには増税や消費税アップが待ちかまえているよ
である。
懸命に掃除をして、風呂に入って身を清めて新年を迎えるのは、神仏に祈る
信心に近いのかも知れない。せめて来年は嫌なことは見聞きせず、友とは飲んで
語らい、妻とのんびり旅行し、人間らしく生きたいものだ。と想いながら、
明ければまた同じように、あくせくと修羅場で悩むに違いない。
今年は「2000年問題が起こるから、家で待機する」という口実が出来、何処かへ
引っぱり出されないだろうから、悠々と寝正月を楽しむことが出来そうだ。
とにかく、月並みながら、良いお年を!
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