ごきぶり日記154
たばこ屋のおばあさん
川崎街道、片側二車線の大通りに面してたばこ屋がある。
たばこ屋といえば、間口半間ほどの下半分がウインドウになっていて、煙草が
陳列してあり、その上が小さな窓になって、窓の向こうにおばあさんが、ポツン
と座っているのが、昔ながらの絵であった。
何も始めからおばあさんであるはずはない、おばさんが永い間座っているうちに
おばあさんになる。不思議な事に、このたばこ屋のおばさんには必ずと言って
いいほど、評判の美人の娘がいることになっている。
東京の下町には、こうしたたばこ屋があちこちにあって、いつも通りを眺めている
おばさん、おばあさんと他愛のない雑談をしたり、土地に不案内な人は道を聞く、
街角の案内所の役割を担っていた。
明治文学にも、こうしたたばこ屋の娘に一目惚れして、彼女が代わって店番を
するときを狙っては、要りもしない煙草を買いに、通い詰める話が多く出てくる。
此処はそんなたばこ屋のイメージがある店である。
最近は何処も同じようにたばこの店頭販売をしながら、店先に自動販売機を並べ
ている。「どっちで買えと云うのかな?」と思いながら、自動販売機に馴らされ
た頭は自然に機械に向かう。
500円硬貨を投入するが、何回試みても受け付けない。
何に関わらず自動販売機は紙幣、コインの認識が微妙である。勿論、そう簡単に
何でも認識していたら商売にならないだろう。やむなく窓口に話し掛ける。
定法通り“おばちゃん”である。
「500円ね。両替しましょう」という。「いや、硬貨はあるんだけれど、その
硬貨を機械が受け付けないんですよ」。話が仲々通じない。やがて店主は、
はたと気がついたように「500円はね。使えないように改造したんですよ」。
韓国製の硬貨が500円と区別が出来ず、毎月被害を受けてきたという。
多い月には何万円分もの韓国製硬貨が混じり込んで大きな損害になった。
そこで高い改造費を払って使えないようにしたという話であった。
「そうでしたか、この辺もそんなに悪くなりましたかねぇ」と、そこからは
昔話になる。
「隣り近所も泥棒に入られているんですよ。この前もヤモリのように塀を伝って
小さな窓から入られた家があったんで、棘のついた針金を張ろうとしたんだけど
あんた、その針金が危ないからって売っていないの。仕方がないから全部のドア
に開けるとピンポンなる機械を付けたんですよ」。
有刺鉄線が危ないからという理由で売っていないという事は始めて聞いた。
だがPL法の世の中、あり得ない話ではない。
「自販機の改造や保険料で、たばこ屋なんか儲かりませんよ。でもねぇ、灯りは
消したくないし、娘が手伝うから続けなさいよ、と云ってくれるからやって
いますけど」娘が母親を助けて街の灯になっているたばこ屋さん。
こうした下町の風俗がまた一つ消えかかっている。
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