(株)テクノクリエート トップページへ TOP


DIARY

ごきぶり日記146

習性の恐ろしさ


7月24日(日曜日)のサンデープロジェクト(テレビ朝日10時〜)はもうご覧に なったと思う。この中の石原慎太郎 vs 田原総一郎の話である。

問題は都庁の役人の金銭感覚の無さ、商売の知らなさ加減を嘆いている話だが、 今や笑ってはいられない。都庁の伏魔殿ぶりは語られて久しいが、誰も手を 入れることが出来なかったし、やろうともしなかった。
常軌を逸した議会の、やりたい放題も最近になって表面化しつつある。

だが待てよ、金銭感覚、商売を知らないのは、この人間離れした都庁の役人だけ なのだろうか。資本主義の権化たる大企業の社員にも、こんな人間が増殖して いるのではあるまいか。
商いとは、本質的にルールに従った、飽くなき利益の追求であり、利益の無い ところには経営は存在しないことは分かり切っている。
だから企業の社員が先ず、求められるのは金銭感覚であり、物を見たら幾らと 値踏みし、幾らお金を使ったら幾ら取り返すという商売気が不可欠だし、また、 そう教育されて来たはずである。

大企業の社員に、そんな事は釈迦に説法だと笑われるかも知れない。だが、 居るのである。金銭感覚が見あたらず、お金は地下から沸いて出るものとでも 考えているのではないかと思うような人間が。
例えば新商品開発を進める。このために掛けるお金は企業である限りトータル では利益を生んで戻って来なければならない。そのためには何を置いてもまず、 市場を知らなければならない。タイミングとしてこの製品は売れるか、どんな 層にどのくらいの数が出るか、そして幾らお金を掛けてどのくらい売るか、 売れるか。結果として幾ら儲けるか。
そのために掛けるリソースは厳選されなければならず、開発管理には見事な 采配が求められる。

どうも事業のイロハを語り始めてしまったようだ。
だが、メーカー相手に血迷ったわけではない。この個別事業計画のイロハが 社員の中から消え失せていることは確かなのである。バブルの時代は作れば 売れるし、売上を伸ばすことに血眼になっていたから、そんなまどろこしい、 計算や市場認識などやるまでもなく儲かった。

そうした環境が永く続き、やがてイロハを忘れ去った習性が出来上がる。
これはまさしく企業人ではない。都庁の役人も同じで、歳入は黙っていても 増える一方で、少しくらい無駄遣いしても都の財政に影響しない。 そうなれば上から下まで商売を忘れ、税金の無駄遣いなど屁とも思わない習性が 出来上がる。時代が変わっても習性は変わらない。やがては再建団体へと没落の 道を歩むことになる。

大企業がすべてこんな状態なら、日本経済は終わりである。そんな筈は無い。 だが、社員がサラリーマン化しているという悩みは、企業人としての商いの熱意 が無い、あるいは知らないということにも一端がある。
これは単なる推測ではない。毎日の仕事を通して痛切に感じる生の実感なの だから、習性は恐ろしいものだとつくづく感じる。

 

 

みなさまからのご意見、ご感想をお待ちしております。 E-Mail: info@techno-create.com
Copyright(c)2001-2002 株式会社テクノクリエート All rights reserved.