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DIARY

ごきぶり日記144

EMSが流れ着いた


週刊 東洋経済 (7/17) に「米ハイテク産業の復活に学べ」として、EMS (Electronics Manufacturing Service)の特集が組まれている。この記事の 中で、EMS業界の最大手として取り上げられている「ソレクトロン社」の名前を 見て、1980年代半ばに何回かこの会社を訪れた記憶が懐かしく思い浮かんできた。

EMSをご存じ無い方のために、その当時の想い出話を書いて見よう。
当時、及ばずながら何とかアメリカでのデータ通信ビジネスを立ち上げようと、 仲間と苦労を始めた頃、ソレクトロン社のセールスマンが飛び込んで来た。 いや、セールスマンではない。セールスウィメンである。 そう、白人の金髪美人たち数人がやって来て是非、工場を見てくれという。

何も美女に釣られてフラフラと出かけたわけでは無い。以前から自社の工場では、 この激戦地で勝てないという思いが強かったので、シリコンバレーに於けるEMSを 活用したいという純粋な動機であった。
当時、すでに平屋建ての倉庫のような工場が11個ばかり林立していた。責任者は 日系二世の日本人で創業から6年で此処まで来たという苦労話を聞く。

工場に案内されるとすぐ、管理者に紹介される。美女は此処までである。
管理者は殆ど中国人で、彼らは日本式の品質管理を勉強し、日本でも見かける スローガンの横断幕や、製造品質を上げるための標語、それに品質実績を示す チャートなどが至るところに張り出され、如何に製造品質が良いかを得々と 説明する。

だが、当時は未だソレクトロンの製造設備は極めて遅れていた。働いている人 たちはと見ると、殆どが東南アジア系かメキシコ系の若い女性であった。
記事にも紹介されている通り、当初はプリント板とそのアッセンブリーから 始まった会社である。一例を挙げると、プリント板に部品を実装し、半田デップ を済ませた基板が山のように積んである。
部品のリードは永いまま出っ張っている。ずらりと並んだ女性作業者が、この リードをニッパを使い、手慣れたスピードで切り落として行く。

大勢の作業者のカットする音と、切り落とされたリードが手元まで覆った大きな 円形のプラスチックカバーの中で、まるで雪が音を立てて舞うように乱舞する 壮観を演出する。こうした人海戦術もカリフォルニア最低賃金が背景にあって 成り立つのだろうと感心していたことを想い出す。

IBMの生産を行っているときは、11の工場の幾つかは専用工場になり、すべての 出入り口は閉め切られ、出荷場のトラックをつける口だけがポカッと空いている。
「本日、IBM工場。出入り厳禁」であり、翌日は「ヒューレットパッカード工場」 に変身する。こうしてマルチ顧客の企業秘密は厳密に守られているのである。
以後、この会社との連携を進めるべく、具体的な委託機種まで決めたのだが、 内製に拘る本社と現地法人の工場の猛反撃が起こり、残念ながらとん挫すること になる。

記事によれば、それから約15年を経てソレクトロンは年商7000億円の大企業、 今やシリコンバレーはEMSが支えているという。
IBM、HPに限らず、メーカーは工場をEMSに売却しスリム化で競争力を付ける。 ベンチャーは自分の工場を持ったと同じ感覚で、縦横にビジネスを展開する。 それこそ15年前の夢であった。

過剰な設備と過剰人員を抱えて苦しむ日本企業を尻目に、遠からずアメリカの EMSが日本に進出し、根本から日本企業の考え方を変えてくれるのだろう。
15年前に進言を聞いてくれていれば、と悔やんでも始まらない。 当時から、“日本は少なくとも15年は遅れている”と嘆いていたのも、シリコン バレーの渦中に居ての実感であり、その“時”が今、やっと日本に流れ着いたと いうことに過ぎない。大きな時の流れ、日本の潮流を作るのは残念ながら、 やはりアメリカなのだろうか。

 

 

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