ごきぶり日記141
管理者に非ず
企業マンの生き方いろいろある。だが、世の中が大きく変遷して行く中で、案外
我が身を振り返って、厳しく己を律する管理者は少ない。
人間は企業にあって、年と共に経験を積み、そして偉くなっていく。それと同時に
幅広い人格、識見が備わっていくことが必須である。いや、人間的に成長したから
こそ偉くなっていく筈なのだ。サラリーマンなら誰しも、取締役を頂点として
立身出世を夢見るだろう。そのこと自体は正常な感覚である。
そこには様々な手段がある。気心を知った自分のボスが出世すれば、可愛い部下の
こと、忘れずに引き上げてくれるかも知れない。だから時にはこのボスの争奪戦も
始まる。俗に言われる“ごますり”も伝統的な手法である。
今までの日本の企業社会では、実力の誇示は出世の妨げであった。サラリーマン
集団の中で、のし上がろうとするのだから、上の人間が身の危険を感じるような
実力誇示は、時として大いにマイナスに作用する。
今までの日本企業では、と云ったが、日本企業である限りこれは変わらないの
かも知れない。
ある一つの典型的な「ゴマ擂り個性」を振り返る。
弁は立ち、論理も一際目立つ。実行力もある。人当たりも悪くはない。だが、
如何せん評判が悪い。それも満遍なくである。上に対して徹底的に媚びを売る。
部下に詳細な報告を求める。その理由は自分の落ち度を極端に恐れること、部下の
成果、報告を自分の成果として上申するためにある。成果を上げるためには、
配下は死ぬまで使うという意識を平気で表す。
組織的に支配下にあると考えられる組織には、先輩であれ、同僚であれ一応、
努力を要請する姿勢を取りながらも、無理難題を吹っかける。
典型的な立身出世主義者と云えばそれまでだが、時の大局も見えず、経営の手腕
もなく、人格は何処かへ失せて、ひたすらに上層部の目をブラインドにして、
自己の成果の宣伝にひた走る。
バブル時代の出世術として、こんな手法がまかり通っていたのかも知れない。
あるいはこれが古い日本の伝統的出世術なのかも知れない。
今までの日本企業の体質は、こうした出世のために遊泳する人間の本質を見抜く
能力と洞察力が極めて弱かった。だからこそ、こうした生き方を出世術と勘違いして
生きる人間が生まれて来るのだろう。
権限を委譲されて組織の頂点に立つ人間の資質は経営を左右する。
自己の経営に関する哲学、人間性、能力と資質を原点として、組織の命運を掛け
て行動する人間を見分けなければ、それはその上に立つ人間の資質そのものの
欠如に他ならない。
永い間、同じ組織の中で順調に出世し、ぬるま湯に馴れた体質は、現在の立場を
出世の踏み台、梯子台としか認識していない管理者を案外多く生んでいるのかも
知れない。ようやく、会社が良くなるも悪くなるも社長の資質次第と云われる時代
になった。社長に限った話では無い。課長、部長あるいは事業部長など実力と
人間性を備えた人材を厳しく選ばなければ、総体が堕落してやがて市場の淘汰対象
となるだろう。
その任にあらざる管理者が山ほどいるのである。
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