ごきぶり日記129
ごみ扱い
「入社以来三十有余年、ブリッジストンと運命共同体として寝食を忘れ、家庭を
顧みる暇も無く働き、会社を支えて来た従業員の結晶が今日のブリッジストンを
築き上げて来たのである・・・」
社長室で切腹して果てた、中間管理職の遺書の書き出しは何とも切ない。
関係者も大いに戸惑いしたに違いない。欧米社会のようなドライな雇用関係なら
いざ知らず、終身雇用、年功序列のファミリー企業社会の中で、会社を信じて、
私事を犠牲にして会社のために尽くして来た事は、この年代のサラリーマンなら
例外は無いだろう。
如何に企業環境、社会情勢が変化したとは云え、ある日突然に首を切るのは
如何にも身勝手としか云いようがない。
不良在庫を処分し、財務体質を身軽にして企業の再生を図るのと同様に、費用の
大半を占める人件費を削減する事は経営のイロハであり、最も簡単な競争力
向上策だろう。だが、日本の企業社会はそのために何もして来なかった。
真面目に働き会社を信じる社員をよいことに遮二無二、事業拡大、売上高競争、
あるいは利益確保に走り続けて来たではないか。
経営の舵取り役、水先案内人としての経営トップは世の中の変化を洞察し、
どの様な事態にも会社と社員、あるいはその家族を守る義務があり、そのために
高い給料を貰っている。
猪のようにがむしゃらに事業展開を引っ張って来て、会社の歴史を泥まみれに
したり、幕を閉じざるを得ない状態にしてしまった経営者は、戦争犯罪人とも
云えるだろう。経営不振のどの事例を見ても経営者の驕りと先見性の無さ、
それに自己保身が重なっており、むしろ淘汰されるべきは経営者本人なのである。
これが、これからの競争社会だというかも知れない。確かに世の中は急変した。
アングロサクソン流で闘わなければ、消えて無くなるかも知れない。
だが、もう一度かっての経営思想、方針、社員へ求めた忠誠心を改めて思い
起こして見ると良い。如何に突飛な豹変かが判るだろう。
欧米での雇用関係には雇用者と被雇用者の間で目標設定を行い、その達成度を
相互に評価してその未達成度を物理的に表す事が必要だ。
扱いに不満を抱けばたちどころに裁判所に駆け込む。このドライな関係がある
からリストラも可能なのだろう。
そんなベースも無いままに、ある日突然豹変して、“おまえは要らない!”と
云われれば、“相手を殺して自分も死ぬ”気になるのも無理からぬ話である。
だからこの人も先ず経営者がなすべき事をやれ、責任を取れと叫んでいる。
経営の舵取りを誤った上部は安泰で、末端の整理に突っ走るのは社員を
「ごみ扱い」してトカゲのしっぽ切りで凌ごうとする陰が誰の目にも見えて
来る。
元々、社員第一主義とか、ファミリー主義などは“寄らしむべし、知らしむ
べからず”の盲従教育の手段だったのではないかと疑いたくなる。
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