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DIARY

ごきぶり日記124

月と日と雷と


月と日と雷が一緒に旅をした。その夜雷の地震のようないびきに辟易したお日さまとお月さまは早々に雷を置き去りにして出立してしまった。

朝、起きた雷は二人の居ないことに気がつき、訊ねたところ「お二人は朝早くご出立になりました」とのこと。そこで雷は「う〜ん・・月日のたつのは早いものだ」。
何もイソップ物語を話そうと思ったわけではないが、この話の落ちのように何とも月日の経つのが早い。

子供の頃に早く年が過ぎれば良いのにと思い、時間のまだるっこさを感じるのは、 早く一人前に扱われたい、大人の仲間入りしたい、という想いからだろうが、さて大人になればそのあとは一瀉千里である。一年が一ヶ月に、ひと月が一日のように感じるのは何故だろう。

そこで勝手に分析して見るにどうやら毎日の目標がはっきりしておらず、達成感が無いから生活に節目が無い。これが原因かも知れないと思うようになった。
折り目、節目が無いから昨日と今日の境もなくなり、昨日は何をしていたのかな、と考えても咄嗟に思い出せない悲しさである。

まことにお恥ずかしいことながら、言い換えれば毎日を真剣に生きて居ないということになる。早いか遅いかではなく、毎日をが達成感ある日々であるならば悔いは無いのかも知れない。その昔は出世したければ「自分の生涯のマイルストンをしっかり作り、その課程を確実にクリアするように努力しろ」と云われたものだが、サラリーマンにとって、この前提になる会社は年功序列、終身雇用は崩壊しつつあり、それどころか会社自体が存亡の危機に晒されているところもある始末である。

土台が揺らいでいるのに出世のマイルストンでもあるまいが、会社と自分の人生は別物だという価値観が出来ていれば生き方としてのマイルストンは立てられる。
価値観といえば会社を定年退職して、さぁこれからは自分のしたいことをやるぞ、という人が多い。写真が好きだだ、絵を描きたい、いや野鳥の会に入るという話を聞く。

これが第二の人生というものか、この人たちはこれからは毎日が充実して確かに 一日を噛みしめて生きて行くのだろうなと思っていた。
ところがある日、遊んでは居たもののどうも体の調子が悪くなった。毎日に張りが無い。という人が出て来た。女房には粗大ゴミ扱いだよともいう。永年の習性は体に染みついている。うまく転換出来る人も居る反面、調子を崩す人も多いようだ。

そこで、あなたの生き甲斐は何なんだ、人間は社会や人の役に立っているという認識とそこに価値観を見出さなければ生きられないよと生意気にも説教を試みる。
ところが、これがそんなに生やさしいものではない。永年、会社の鋳型にはめられた環境でしか価値観を見いだせないようになっているからは別の生き方は思いもよらないと云っている。だが、月と日は人の人生に無関係にマイペースで旅をするのだから何とか一緒に付き合わなければならない。さもないと雷のように置いて行かれてしまう。

 

 

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