ゴキブリ日記由縁
ゴキブリを見ると、誰でも親の敵に巡り会った様に、殺さばおかじとばかり、叩くもの
を探し、殺虫剤を持って追いかけ回す。
ゴキブリ自身もそれを察知しているように、一瞬の隙も見せずに身構え、逃げ回る。
かく申す著者でさえ、ゴキブリの姿を見れば、目の色を変えて必殺の構えで追いかけ
まわすのだが、追いかけているうちに、その素早さ、気を見るに敏な行動、どんな
環境でも生き残る逞しさに感嘆する。
しかも、ゴキブリは、人の気配を察知すれば絶対に姿を見せず、(たまには、とんまな
奴もいるが)必死の撲滅作戦ににも関わらず、その種を絶やすことがなく、繁殖する。
「第三次世界大戦が起こっても、生き残るのはゴキブリと彼奴だけだ。」という悪口は
果たして、貶しているのだろうか。
世の中が混沌として来た。これまでの日本の神話は崩れ、これからどうなるか誰にも
判らない。云えることは、自分の力をつけ、世の中がどう変わっても、図々しく生き
残る逞しさしか、頼りにならない世の中になるだろう。
終身雇用は終わりつつあり、忠誠を尽くした会社からは冷たく扱われ、さりとて永年
の会社勤め以外に能がない等と嘆く人が居るならば、ゴキブリの生き方をじっくりと
眺めるのも一法ではなかろうか。
この点、アメリカの社会は、日本とは本質的に異なる厳しい生存競争の世界である。
学歴、財力、社会的地位、総てに於いて階級差別が大きく、階層がはっきりしている
ことはよく言われている。だから、意欲のある人は学んでは働き、働いては学び、
自身のスキルを向上することに全力を掛ける。
日本人からすれば、誇大宣伝と感じる自己PRを行い、自分を主張する。
多くの人が、一攫千金を狙ってベンチャーを作る。これらのすべてが、この国で生きて
行く為の必要条件なのである。
戦うことが好きでない人は、金と地位よりも人間的生き方を求める。
早く家に帰って家族の為に、自分の趣味のために、家のペンキを塗ったり、花を育て
たり、家族と団らんすることを生き方に選ぶ。本質的にアメリカ人は、孤独で寂しがり
屋なのだ。
云われているように、この差は厳しい大陸の開拓の歴史に根付いているのだろう。
大企業という社会集団の中で長い間生きていると、それが世の中のすべてであり、
自身が大企業そのものであり、総てが自分の力と錯覚する。
実は、その冠を取り去ると個人としては何も持たない、何も出来ない、潰しの全く
効かない能力であることを知る人が多い。それも承知の上で、つつがなく定年まで
勤め上げ、その後は年金生活で趣味の世界に入る。
そんな幸福な終身雇用型のパターンがいつまで続くのだろうか。
所詮は人間の生きている環境は、そんなにバラ色の世界ではない。おこがましい
言い方だが私は社員が、自分の力を持ち、個性的で、何があっても一人で
逞しく生きることの出来る人間に育ってくれればと願っている。
それがこれからの社会で、ゴキブリと共存して何処までも生き残る方法だと信じて
いるからである。
今のところゴキブリは大企業の片隅で、人間を観察し、会社人間の悲喜悲喜こもごも
を経験したなりに、また感じたなりに書いている単なる記録である。
やがてはゴキブリが、過激な発想で、自分の言葉で物を申す日が来るのでは
なかろうか。どなたかゴキブリの相談に乗ってやって頂きたいものである。
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